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中国コラム

2006年4月上海渡航日記


4月22日(土)

成田東京国際空港第一ターミナルでイミグレーションを済ませ、18時10分のフライトが滑走路の混雑とかで一時間以上遅れたノースウエスト(NW025)便に乗って、肌寒い上海浦東国際空港に21時30分(日本時間22時30分)着いた。

今回の渡航は私が顧問をしている、今年上海に調査会社を起業したH社のK社長と二人旅です。

上海の友人には土曜日の夜遅く着くので出迎えは頼まず、空港でタクシー(上海の市内まで約148元・日本円2,220円)を拾い、普陀区常徳路・澳門路の安ホテル「 MOTEL168 」に4月27日(木)までの旅装をといた。

空港から上海市内までタクシーで約1時間と見ておけば安心です。

中国でタクシーに乗り、運転手に行き先を告げる場合は住所ではなく「道路名」を言うことが一般的だ、例えば上海市静安区のヒルトンホテルにいく場合「延安西路・常熟路の交差点辺り」と告げる。

この澳門路街の環境は上海中心地から少し北側に離れた20階建てくらいの高層マンションが乱立し一階は食堂、美容院、床屋、スーパーなどごちゃご ちゃした生活区で、夜になると歩道にシシカバブーの屋台、海賊版DVDなどを売っている。この辺には日本人はあまり住まないらしい。

ホ テルに落ち着くと機内食は取ったがすこし小腹が空き、ホテルの近くの少し衛生環境が悪そうだが福建料理食堂でチャーハン・5元(75円)、ワンタンスー プ・3元(45円)で空腹を満たし眠りにつくことにした。このホテルは日本で言えばビジネスホテルで一泊300元・朝食つき(4,500円)で宿泊でき る。毎晩上海の街をふらふらして数時間しかホテルを使わない私にとっては安くて都合がいいものである。しかしご安心を、初めてのお客さんには相談に応じセ キュリテイがしっかりしたホテルを数多く用意いたして下ります。

MOTEL168 は中国名で「 莫泰連鎖旅店 」と書き、台湾の資本家が上海の 街の中に最近数店舗を出していて、ホテルは安造作と一目でわかるが表面的には綺麗で、一応客室は3星クラスの広さで、ダブル・ツインベッド選択、応接セッ ト、洗面・バス(シャワーのみ)トイレつき、テレビ・インターネット・電話完備している。冷蔵庫がないが廊下に各種飲料水・タバココイン自動販売機を設置 しており、慢性的なホテル不足の上海でビジネス客や2010年の万博を狙った投資と上海の友人は語っていた。 (中国で自動販売機を見たのは南京駅と上海駅待合室それとこのホテルだけだ)  宿泊客は、中国各地から上海へビジネスのために出てくる若い男女と地元のアベック客(中国ではラブホテル建設の許可が下りない)がほとんどで結構繁盛し ている。

今回の渡航目的

1.工商局から認可発行されたH社の営業許可書受け取り。
2.H社・会社事務所探し。
3.H社・社員募集。
4.H社事業のアンケート調査継続モニター集約者との会合。
5.Rさんから相談が有った、上海万博関連事業投資案件の打ち合わせ。
6.某メーカー通信機製品の紹介依頼。
7.上海在住、日本人友人からの情報収集。
8.中国起業家支援情報局HPへのアクセス者、Mさんへの面会。

4月23日(日)

今日は日曜日だ、朝9時おそらくこの近くで結婚式があるのだろう爆竹と花火の音で目を覚ました。しばらくぶりにゆっくり眠った。
今日はいい天気のようだが排気ガスで私には曇りにしか見えない、しかし暖かくなるようだ。
朝食は取らず、上海在住のTさんと私の宿泊するホテルで合流し昼食を共にしながら事前にメールしておいた上海の情報「 ブライダル事情・学習塾事情 」をなにかと聞き出し、用意していただいた雑誌などを頂いた。
Tさんとは、2年前Tさんの会社が上海進出時にコンサルティング依頼されてからのお付き合いで、中国でエステテックサロン経営・フランチャイズ展開と化粧品販売経営をしている、上海で成功した31歳の若き総経理である。
ちなみに董事長のお母さんは50歳代まで主婦で、それから日本で同業に目覚め、いま日本で埼玉・千葉・四国などを始めとし10店舗を切り盛りしている度胸球母さんだ。

その後Tさんの案内で日本人観光客も沢山来る、人民広場の前の「スターバックスコーヒー」で26歳の友人、O女史に会った。隣は「味セン・ラーメン」どちらも若者でかなりの混雑だ。

O女史は私の知っている日系会社で現在経理部長をしており、三年来の友人で気さくでよくしゃべる若き女性であるが、想像からだが結婚したら旦那は尻 の下にしかれ大変だといつも思う。いつもは着飾らないで化粧もしていないのに今日は見違えるほど着飾り、化粧も念入りでしばらく唖然として見とれてしまっ たほどだ。
今年O女史は日本留学を希望しており、いまH社がその留学に向け手伝いをしているところでもある。
今日O女史は、H社へ経理社員候補のSさんという27歳の女性を紹介することになっており、そこでSさんの紹介がありK社長が面接をした。
Sさんは中国で5本の指に入る有名大学、上海の復旦大学を出ておりコンピューター経理資格や日本語能力認定2級に合格しており、私も知っている投資会社に 受付と経理担当で以前勤めていたが、結婚を契機に一年前会社勤めをやめていた。K社長はかなり好印象を持ったようである。

中国で人材を集めるとき、日本と同じ人材会社に依頼して募集広告を出し集めることが一般的だが、募集広告費用や仲介料のこともあるが、コミュニケーション面でも面接だけではその人材の力量がわからないので、知り合いからの人材情報や紹介もひとつのよい手だと私は思う。

O女史には、さらにH社が急いでいる募集しているアンケート調査モニター継続回答者の集約の依頼をした。

それから15時、人民広場から歩いて数分の外国と中国の地方から来る観光客でごった返す南京広場に行き、デパートの二階にある日本企業が経営している「 上島コーヒー 」 で、前回3月上海渡航のとき会ってH社のアンケート調査事業のアンケートモニター継続回答者集約を依頼していた、20歳代の若きお嬢さんたちのKさん、C さん、Gさん、Oさんに会い、その後のモニター集約の進み具合や今後の集約協力をお願いして、お土産を渡し17時くらいまで雑談して分かれた。

若きお嬢さんたちが面白いことを言っていた。 毎日消費する商品は仕方ないが高級化粧品やデジカメなどは自国商品に信用がなく買わない。 日本の製品がいいといっていた。以前広東省の楊女史も同じようなことを行っている。デパートにおいてある商品でも自国製は信用ならないといっていたのが印象的だった。

その後ホテルの近くのマッサージ店で全身マッサージと足裏マッサージを都合2時間受け体の養生をしたが、なんと料金は80元(日本円1,200円)とは驚いた。日本だったら1万円コースである。

今日の夕食は福建食堂で「焼きそば」とニンニクが入っていないあっさりと蒸した「韮餃子」を食べホテルに戻り、明日からの日程調整をして皆さんと解散し今夜は早めに寝る事にした。

4月24日(月)

今日は快晴、上海で青空を見ることは珍しいことだ。
8時にホテルで朝食を済ませ、9時にTさんの住んでいる陝西南路の近くのマンションにタクシーで向った。この先にはホテルオークラ(花園飯店)がある。
Tさんは独身で31歳、結構古い26階建マンションの16階に1LDKを月額5万円で借り住んでいる。上海中心部が一望できて、ここから見る夜景はかなり綺麗だと思う。外灘の川向い浦東区にそびえる 上海の観光シンボル「東方明珠テレビタワー」 がよく見えた。
10時30分に、Tさんが自分の会社事務所やエステサロン店舗賃貸時の相談に乗ってもらっている、上海古北路新区栄華東路にある「徳威不動産」のM部長に会いにいった。

M部長には上海の不動産事情を聞き、H社が考えている事務所面積で黄浦区・静安区・日本人が多く住む虹橋地区に絞り賃貸物件探しを依頼した。

数日中に候補物件を何件か挙げてくれることになった。

M部長は2年前神戸から上海に渡り不動産会社に就職し、日系企業中心に不動産賃貸の斡旋をしておりかなり上海の不動産情報を持っておられた。

上海の不動産のあれこれがかなり理解でき、今後日本から連絡しても上海不動産情報取得の協力を得られた。
中国人、日本人、その他外国人が多く住む居住地の色分けの説明を聞き、家賃の決め方の計算方式や敷金、仲介料、管理費などの決め方の説明を聞いた。 これで今後のお客様に確かな情報をお渡しできる確信がもてました。

Tさんの事務所を訪問し、事務所を見ながら共用部や専有部の区別など参考説明を受け、先ほどの増原さんの説明がさらに理解できた。

12時半に日本人好みの小奇麗なラーメン屋で牛筋ラーメンで昼食を済ませ、ホテルに戻ると午後から会談を約束していたI社営業部長 Mさんが自家用車で迎えに来ていた。
Mさんの会社はホテルから高速道路を北西に一時間強走り、上海郊外の虹橋空港より先の中春地区にある工業団地開発区の中にあり、道路はいまインフラ整備中 でデコボコであった。7月までに道路は完成予定といっていたが、K社長の見方はとても完成しないだろうと言っていた、私の見方は違っていて水道管の継ぎ目 など道路の下に隠れてしまうものはしっかり施工するかどうかは分からないが、7月には完成しているだろう・・・。 とりあえず何が何でも完成させ、問題は後から解決していく、それがいままで私が見てきた中国なのだ。

周りにはすごい数の新興住宅が建っており、上海の中心地に勤める人の家かと馮さんに訊ねたら、農民が農地を上海政府の工業団地建設政策で差出し、代 替に取得した農民の新居だと言っていた。田畑を耕していた農民は工業団地が出来てその工員として新たに生計を立てるようである。

さてこの辺でMさんとの出会いを紹介しよう。
私の「中国起業家支援情報局」HPに中国のMさんからアクセスしてきたことから交流が始まった。自社の工業団地内の工場敷地が空いているのでそこを斡旋したく、日本から新たに製造業などで進出したい方がいたら紹介してほしいと言ってきたのである。
Mさんは44歳で、過去日本に9年滞在経験があり日本語は私より文法的に言えばしっかりとした言葉を使う。京都大学で応用化学を勉強し、京都に住み滋賀県の会社に勤務して半導体の設計と製造に従事していたそうです。
奥さんは上海の高校教師で子供が一人、単身で日本に行っていたが子供が小学校に上がる時期になり、昨年末上海に帰り今年2月現在のI社日系企業に入ったそうです。

I社は関西出身のT社長が経営している製造機械設計製造組み立てメンテナンス会社で、T社長は前職が蘇州で日本の関西に本社を持つ三洋電機の電池製 造工場の設立から携わった幹部ですが、2年前日本にもどれと辞令が出たが中国にほれ込んでしまい、26年間勤めた会社を退職し上海で自ら起業したすごい闘 志を持った46歳の兵でした。

I社はT社長がビートルズの曲が好きで、世界を超えた人たちが一緒に手を取り合って仕事をしたいとつけた会社名だそうです。

奥さんは中国人だが東洋大学経済学部を卒業し日本の商社など17年間日本にいたそうで、奥さんが話す日本語に全く違和感がなく、日本に帰化し日本人 名の姓を持っております。かなり政府関係者にも顔が利くそうでT社長が中国の国営会社から仕事を貰うとき営業は奥様に任せるそうです。

中国は夫婦別姓で子供は夫の姓を名乗る習慣がある。昔は男子が生まれることが家系を守る大事な事であったそうだ。私は女性を偏見してはおりません、あしからず。

数時間の会談で私とK社長はT社長の意向の「上海工場に日本企業斡旋」の約束をして、K社長は「市場調査アンケート継続回答者募集」を奥さんからの協力を得ることが出来た。友好的な2時間あまりの会談を終了しホテルに戻った。

4月25日(火)

午前11時「S有限公司」R会長を訪問した。
訪問目的は、R老師が2005年5月の上海で開かれた世界卓球大会・会場道路や会場の花草芸術装飾の指名を上海政府から受け成功させ、2005年7月から の上海万博準備の道路花壇・花草芸術装飾の指名を受け、さらに2010年の万国博覧会会場の花草芸術装飾を本格的に指名したいと政府から依頼が来ており、 その事前準備に1千万元(1億5千万円)の投資金を日本で集めてくれないかとの話であった。

昼食を挟み、投資家へのメリットなどの詳細を確認した。また私から李老師には中国の通信会社に顔が利くことを事前に聞いており、日本の友人から依頼があった通信機会社の通信機器紹介依頼を伝え頼んだ。
15時になりホテルにもどり、この後は上海の日本人友人と夜の会食なのでそれまでホテルで各自仕事をこなすことにした。

夜19時に、Aさんという30代の大分県出身で当時知り合ったとき前職が蘇州で人材派遣・不動産会社の副総経理をしていた友人に会うことになっている。今は昨年の12月にクライアントであった日本の損保会社に日本採用待遇で採用され転職し、上海支店勤務している。
私の上海の情報源の一人で大事な友人で、今回はK社長が上海の会社を仕切る幹部候補を求めておりその情報を得るために会食をすることにした。

19時に静安区の日本料理レストランでAさんとK社長私の三人で刺身や酢の物、魚の焼き物、揚げ物をつまみに生ビールを飲みながら会食をした。
Aさんはさすが私の依頼していたことを既に理解し、前職で携わっていた人材を何人か準備してくれていた。
K社長の要望を聞きながらアドバイスと希望に値する人材に早速声をかけてくれることを約束してくれた。
雑談の中で、上海には約4万人からの日本人がいて日本商工クラブがある。又日本人で構成するラグビーサークルやゴルフサークルがあり、Aさん等はそこでビジネス情報やプライベート情報を得ているようだ。

上海の天気は海が近いせいもあり、今の季節や梅雨時、昼間晴れていても突然夕方や夜は大雨になることがある。普段の日はタクシーなど乗らない人も雨が降ると皆タクシーに群がり奪い合いとなる。

22時30分ごろ会食が終わり外に出てみると雨でタクシーが捕まらない、近くのホテルに行ったが考えることは皆同じすごい行列だ。道路に出て散々待って一時間後やっとタクシーが拾へホテルにたどり着くことが出来た。

背広はびしょびしょ、次の日開口一番TさんもMさんも各々街で会食していたようで同じ話をしていた。

4月26日(水)

今日は朝9時から上海政府機関の方の紹介で黄浦区に会社事務所の不動産を何件か見ることになっている。
K社長はイライラして待っていたが、行程を依頼していた上海の日本人の友人が10時になってもホテルに来ないし、携帯電話も連絡がつかない。
やっと11時に上海政府から預かったK社長の会社の営業許可書を持って現れた。ふたを開けてみると16時まで上海政府関係の友人は会議が入り時間が空かな いという。友人が彼は忙しい方だからしょうがないと盛んに言い訳をしている。だったらなぜ大事な事務所さがしをそのような忙しい人に依頼するのか分からな い、全く腹が立つ。

結局不動産を一箇所くらい見て夜会食して二次会のいつものパターンに友人は持ち込もうとしている。ビジネスと遊びの境がない、どうも私はそのように考えてしまう。それが中国の文化だと盛んに言っている。

中国に来るといつもこんな目に一度は会うので、友人に今夜は再度、MさんとT社長に会うことになっていることを伝え私が不満を言うと、友人はそれだったら勝手にしたら、これ以上貴方の手伝いはしないと怒り出した。

今日の夜は上海の政府機関の方と会食の予定をしている、それを断ると今までしてきたお膳立てが皆崩れると大騒ぎしている。 コーヒー一杯では中国では物を頼めない とワンパターンの物言いを繰り返している。そのくらいのことは私も中国の風習は分かっており、しかしこれまでその方とは何度も会食は繰り返してきたし、おかしな話で別途報酬は既に払っているのにと私は思った。

私は友人に会社の起業は既に終わった。これからはビジネス優先に考えるべきだと言いK社長に判断を求めると、K社長は毅然とした態度で上海の友人に言った。

こちらが依頼した事に対し、今日9時からの了解を得たはずだ。約束が守れない中国の文化などこちらが守れない。今夜は今後重要なビジネス優先にしたいので会食はこの次上海に来たとき改めてしたいと話をしてくれと友人に伝えた。

15時に上海政府機関の友人がニコニコ顔で不動産会社まで来てくれた。
K社長が今夜は我々の大事なビジネスの会談を優先したいことを丁重に話すと、ビジネスが大事だからそうしてくれと快く分かってくれた。さらに学習塾の進出の方法を確認し、提携先学校探しを依頼し、結局不動産を一軒見て終わりになった。

途中でO女史と南京路の喫茶で会い。語学学校が新聞に広告を出している街の新聞を沢山購入し届けてくれた。本当に皆さんいつも協力をしてくれ心温まる思いでした。

帰りにK社長は風水を信用する人で、上海で有名な上海の中心地の高速道路の主柱に「 九つの龍 」が絡まっている所があるので、そこを基点に不動産を選びたいようで地図を片手にわざわざ見に行った。

高架道路(日本の首都高、料金無料)延安東路・延安中路・成都北路・重慶南路の交差する上海に中心地。

「九龍の言い伝え」 ・・上海の高速道路建設では、上海の土地そのものがデルタ地帯で道路を支える柱など簡単に地 中に入っていき基礎工事予算が大変だったようである。しかし、上海の中国人の友人が語るには、高速道路の中心部の重要地点で、どうしても杭が入らないとこ ろがあり、無理して建設したが怪我人が多数出たそうです。
そこで高僧を呼び拝んでもらうと、ここは鬼門であり本来は人柱を立てなければならないが、高僧が人柱の代わりに竜神を九つ用意し杭に巻きつけ供養することにしたそうで、その高僧が死んだとき骨もそこに納めたそうです。

K社長は風水を信じ物事を進める人で、上海の道路に門(廈門路・澳門路・石門一路・東門路)が付いている道路が目立つが「気を抜く門」であろうと判 断していたので、私がそれは違う、毛沢東が文革時代、中国の道路に中国全土の首都名を付けたので、たまたま門の付く首都の名前があるのだと説明したが、そ の説明を信用したく内容でした。

上海の友人は朝の騒動が気に入らなかったようで、MさんとT社長との会合に出ないと帰ってしまった。

その夜、蘇州から出張帰りで遅くなり馮さんのホテルへの迎えの車は20時に着いた、待ち合わせ場所に行く高架道路で事故があった様で、下の一般道路に車が集まり渋滞に巻き込まれ、21時に過ぎに虹橋の近くの喫茶店に着いた。

中国人は運転が荒く、F1レースに参加した有名なレーサーのシューマッハは、中国人の運転テクニックは俺より上手いと運転の乱暴さを皮肉ったようだ。
T社長は待ちくたびれた様子だが、内容を聞き上海の高架道路で事故がおきると、車両が多いのでこのような状態があるといっていた。

夕食も取らずコーヒー一杯で話が盛り上がり、24時まで話は続きお互いに今後の提携を約束して散会した。

ホテルに着いたのが24時半、街の食堂は開いていないのでローソンで夜食の「 おでん 」と「カップ麺」明朝のパンを仕入ホテルに戻った。コンビニ「 おでん 」は日本の文化がすんなり中国に入り、中国の若者に大変な人気がある。

これで上海の全日程が終了し明日は帰国の途に付く日です。

今回は短い上海滞在だったが、主目的もやや達成でき、新たな交流も出来、何かと収穫が多い渡航になった。後はゆっくり寝て明日は帰国の準備をして日本に帰るだけ、いつも思うが過ぎてしまう慌ただしい短い旅でした。

「再見」

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